私はいつも自分の寝室の布団で寝ています。みなさんもいつも同じ部屋の同じベッドや布団で寝ていると思います。季節が変わっても同じですよね。一般に南側の部屋は暑く(暖かく)、北側の部屋は寒い(涼しい)ので、季節ごとに寝る部屋を変えれば良いと思うのですが、季節に合わせて部屋を変えるという発想はあまりないようです。そもそもエアコンの普及で部屋ごとの温度や快適さの違いがなくなったことから、その必要性も感じられないのかもしれません。

私の家には猫が3匹います。この3匹は季節によって寝る場所を変えます。3匹のうちの1匹は冬の間かならず私の布団で寝ます。仕事を終えて(皆さんが夜おそくまで勉強しているのと同じように私も夜おそくまで仕事をしています)、寝室に行くと掛け布団の上でうとうとしています。私は猫を起こさないようにそーっと布団に入るのですが、必ず目をさまして布団の中に入ってきます。朝になると、猫の姿はもうありません。

こんな生活も5月ごろからパタッとなくなります。猫は私の布団ではなく居間のソファーで寝るようになります。仕事が終わって寝室に行く途中にソファーで寝ている猫に声をかけても決してついてきません(返事もしてくれません)。

7月になるとまた寝室にやってくるようになります。でも布団には入ってきません。私は夜の冷房が苦手なため窓を開け、網戸にして寝るようにしています(防犯上の備えはしてあります)。そうすると今度は網戸に身体をすりつけるようにして寝ています。外からは街灯の薄明かりが差し込んできますので、猫の黒いシルエットが浮かび上がっています。

それも9月半ばまでで、9月下旬になると再びソファーで寝るようになり、12月が近づくとまた布団に入ってくるようになります。

寒くなると家の中で一番暖かいところ、暑くなると家の中で一番涼しいところで寝ていることが分かります。つまり常に快適な空間を求めて家の中を移動し続けているわけです。これは夜だけのことではなく、日中でも猫のいるところは家の中で一番快適な場所です。夏の昼間に猫が寝そべっている場所は大体涼しい風が通るところです。試しに猫のそばで横になってみるとよくわかります。童謡に「猫は火燵(こたつ)で丸くなる」という歌詞がありますが、まさに冬の家の中で一番快適なのが「火燵(こたつ)」の中だったのでしょう。私の家には「火燵(こたつ)」はありませんが、冬に最も人気があるのがストーブ(ファンヒーター)の上で、いつも3匹の取り合いになります。

私たち人間もかつては猫と同じように快適な環境を求めて移動し続けていたのですが、技術を手に入れてからは、自分たちが移動しなくても快適に過ごせるように、周りの環境そのものを変え続けてきました。その成果のおかげで、今では特に移動しなくても困ることはなくなりました。これは暑さ寒さの問題だけでなく、テレビやインターネットのおかげで日本中、世界中の様々なことを現地に行かなくても知ることができるようになりましたし、部屋にいながら様々な人とつながることができるようになりました。食べ物、衣類その他どんなものでも自宅に宅配してもらえるようになりました。欲望も満たされ、刺激も得られ、本当に快適になりました。

皆さんの部屋もそうでしょう。家にいるときに自分の部屋にいる時間の長い人は、きっとその部屋がかなり快適でそれなりの刺激もある空間になっているのだと思います。家にいる時間が長い人も家が快適な空間なのでしょうし、早実にいる時間が長い人は早実が快適な空間なのでしょう。この例には少し異論があるかもしれませんが、快適さや刺激を求めて自分自身が移動するということが少なくなっているのは事実だと思います。このことは幸せなことではありますが、ちょっと残念でもあります。移動するからこそ、ここは快適だ、ここは快適ではないということもわかりましたし、新しい発見がありました。つまり予想外のこととの出会いがあったわけです。

この夏休み、これまで自分が快適だと思ってきた空間から一歩踏み出して、予想外の出会いを体験してもらえたらと思います。別の空間に飛び込むことでもたらされる刺激は、これまでの自分の何かを変えてくれるものだと思います。

刺激的な夏休みを(ただしあまり無茶はしないで)!

原載:『早実通信』194号(2018年7月)