中国では陰暦(太陰暦)の正月を祝います。これを春節といいます。今年は2月5日でした。2月上旬に日本のあちこちで多くの中国人観光客を目にしたのは、多くの人がこの春節休みを利用して日本に旅行に来たからです。

現在は夜中でも電気の灯りに煌々と照らされ何の不自由も感じませんが、人々が文明を築き始めてから長い間、太陽が沈んだ後は真っ暗な夜が待っていました。そんな中で、月の明かり、とりわけ満月の夜の薄明かりは人々にとって貴重なものでしたし、またその月が欠けてゆき新月となり、また満ちてきて満月に戻るという月の満ち欠けは、当時の人々が生活のリズムを形づくる上で大きな影響を与えました。

陰暦ではこの月の満ち欠けの一巡りを一か月として、1年を12回に区切ることにしました。しかしこの新月→満月→新月の一巡りは約29.5日、1年は29.5日×12月=354日となり、実際の1年の日数である365日より約11日少なくなってしまいます。そこで不足分が30日分たまると新しい月を一つ作り、帳尻を合わせることにしました。これを閏月といいます。閏月はだいたい3年に一度やってきます。前回は2017年で、6月が2回ありました。次回は東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年で、今度は4月が2回になります。

人々は太古の時代から、太陽が出て明るい時間になり、太陽が沈んで暗い時間になるという1日の感覚と、寒い時が少しずつ暖かくなって暑い時を迎え、暑い時が少しずつ涼しくなって寒い時に戻るという1年の感覚が自然に身についていました。しかしそれだけでは時の流れをしっかり把握し、人間の側から時間をコントロールすることはできません。月の満ち欠けを1か月と規定し、それが12回繰り返されると1年と規定することで、時間をコントロールしようとしたのです。物理的な時間はコントロールできませんので、私たちの時間に対する感覚や意識をコントロールしたと言った方が良いかも知れません。

実は今年は春節の前日、2月4日が立春でした。立春は太陽暦による区分けです。一年で太陽が最も低くなる日を「冬至」、最も高くなる日を「夏至」、冬至から夏至、夏至から冬至への移動の真ん中をそれぞれ「春分」、「秋分」と規定しました。これで1年を4分割できました。さらに、冬至と春分の真ん中を「立春」、春分と夏至の真ん中を「立夏」、夏至と秋分の真ん中を「立秋」、秋分と冬至の真ん中を「立冬」と規定しました。これで1年を8分割したことになります。さらにそれぞれを3分割し、あわせて24の時間に分割しました、これを「24節気」といい、東アジアでは1年間の時間をコントロールする重要な手段として使っていました。

東アジアでは古くから人々の知恵として、春節に代表される月の巡りによる暦と立春など太陽の巡りによる暦をうまく併用して、1年という本来は区切りのない時の流れをうまく分割し、コントロールしてきました。それはより良く生きる、より豊かに充実して生きるためです。

6年、3年、3年、4年というこの数字。あわせると16年になります。16年間というのっぺりとした時間を小学校6年、中学校3年、高校3年、大学4年の4分割したのが日本の学校教育制度です。これもより豊かに充実して生きるための時間のコントロールです。みなさんはメリハリをもってこの時間をしっかり過ごすことができているでしょうか。

時間は、物理的には途切れることなく、また早くなったり遅くなったりすることもなく、さらには全ての人々に平等に流れていきます。これは、この春に本校を卒業する生徒の皆さんにとっても同様です。皆さんはこの3年間あるいは6年間を振り返ると、その時間をどのように感じるでしょうか。短く感じたでしょうか、それとも長く感じたでしょうか。起伏に富んだ時間と感じたでしょうか、それとも平坦な時間と感じたでしょうか。同じ時間であっても、その濃淡は人それぞれによって異なります。過去の時間がそうであるように、未来の時間も人によって変わります。これまでどのような時間を過ごしてきたのか、これからどのような時間を過ごしたいのか、この機会にじっくり考えてみてください。

物理的な時間はコントロールできなくても、時間に対する感覚や意識はコントロールできる。卒業生の皆さんの未来が、起伏に富み、しっかりとした濃淡を持ったものであることを祈っています。

原載:『早実通信』196号(2019年3月)