20年以上前から「もうすぐ機械翻訳の時代がやってくる」と言い続けてきた。初めの頃の周りの人々の反応は、機械翻訳なんてまともに翻訳できないから機械翻訳の時代なんてずっと先だとか、そもそも機械翻訳の時代なんてやってこないというものだった。
それでも機械翻訳の時代に向けての準備だけはしておこうと、機械翻訳の時代における異言語間のコミュニケーションの形態について考察したり、機械翻訳を利用した外国語教育について様々な模索をしたりしていた。
2012年にメガネ型端末Google Glassが発表された時にはついに来たと思った。Google Glassには翻訳機能が付いていて、相手の言葉を翻訳したものを音声あるいは字幕でリアルタイムに受け取ることができるようになっていた。メガネで相手の言葉の翻訳字幕を見ながら会話できるようになり、機械翻訳を利用したコミュニケーションの技術的な障害は基本的に克服されることになった。あとは、完璧な機械翻訳はそもそもあり得ないということを受け入れた上で有効に使っていくという使い手のマインドの問題が残されるだけだ。
人間の移動手段である自動車だって、駐車場まで歩かなければならないし、人が目と手と足を使って操作しなければならない。その上交通事故は頻繁に起こるし、AT車になってからはアクセルとブレーキの踏み間違いは当たり前のように繰り返される。それでもだましだまし世界中で利用され続けている。自動車の不完全さにはこれほど寛容なのに、人々は機械翻訳には完璧を求める。機械翻訳も所詮「機械」なのだから用心しながらうまく使っていけばよいという心の切り替え、最後に残されたハードルはこれだけだと思った。
このGoogle Glass、写真やビデオの撮影機能、録音機能、顔認証機能などがプライバシー侵害の恐れがあるなどして一般消費者向けの販売は見送られてしまった。振り出しに戻った気分だった。
Google Glassによるブレイクスルーは起きなかったが、機械翻訳の精度は20年前と比べて大幅に向上し、近年ではポータブル翻訳機も市販されるようになった。PCでのWeb翻訳だけでなく、スマホで使用するSNSにも機械翻訳機能が付加され、機械翻訳を介したSNS上のやりとりもさほど特殊なことではなくなった。
今年(2021年)、早稲田大学の学生を対象に「あなたはこれまでに機械翻訳を使ったことがありますか」という質問をしてみた。同様の質問は2004年と2010年にもしたことがある。2004年→2010年→2021年の推移は以下の通り。
【よく使う】【時々使う】40%→56%→72%
【めったに使わない】【使ったことがない】60%→44%→28%
確実に機械翻訳の時代は近づいている。ちなみに今回2021年の質問で【使ったことがない】を選択した学生は0名だった。数年後には【めったに使わない】の28%も0%になるだろう。 私自身が中国語教育の現場で仕事をするのも残り数年となったが、あらためて機械翻訳の時代の外国語教育のあり方について模索してみようと思う。たぶん大胆な発想の転換が必要だろう。
原載:日本中国語学会電子通訊2021年11月