現在5000店
台湾では現在4000から5000軒の貸本屋が営業しているといわれている。業界団体がなく、また「貸本屋」としての行政機関への届出も不必要なため正確な数字は把握できない。貸本屋経営者、取次ぎ業者等の推定である。台湾の人口は約2300万人なので、この数字が間違いないとするとほぼ5000人に一軒の割合ということになる。日本の貸本屋の全盛期である昭和三十年代の全国で3万軒(3000人に1軒)には及ばないものの、それに近い数字である。
台北市政府が毎年行なっている家庭収支調査には「貸本費」(中国語では「租書費」)の項目がある。表1は同調査の1980年から2000年まで書籍雑誌費総額と貸本費それぞれの金額と貸本費の書籍雑誌費に占める割合(パーセント)を表に整理したものである。
西暦 | 書物雑誌費総額(台湾元) | 貸本費(台湾元) | % | 西暦 | 書物雑誌費総額(台湾元) | 貸本費(台湾元) | % |
2000 | 364.3 | 7.4 | 2 | 1990 | 240.8 | 1.9 | 0.8 |
1999 | 332.4 | 4.3 | 1.3 | 1989 | 236.7 | 1.4 | 0.6 |
1998 | 375.6 | 6.1 | 1.6 | 1988 | 195.9 | 0.8 | 0.4 |
1997 | 398.6 | 4.9 | 1.2 | 1987 | 178.9 | 0.8 | 0.4 |
1996 | 392.3 | 3.7 | 0.9 | 1986 | 109.4 | 1 | 0.9 |
1995 | 431.2 | 2.3 | 0.5 | 1985 | 138.6 | 1.9 | 1.4 |
1994 | 386.3 | 1.5 | 0.4 | 1984 | 121.4 | 3.5 | 2.9 |
1993 | 367.5 | 1.6 | 0.4 | 1983 | 111.2 | 1.3 | 1.2 |
1992 | 317.5 | 1.1 | 0.3 | 1982 | 76.8 | 0.7 | 0.9 |
1991 | 272.6 | 1 | 0.4 | 1981 | 50.1 | 0.2 | 0.4 |
これを見ると1984年に貸本費は3.5元、書籍雑誌費(121.4元)の約3パーセントに達しピークになっているのが分かる。因みに台湾では貸本見料は書物の価格の1割が基本なので、単純計算で30パーセントの書物や雑誌が貸本を通して読まれていた計算になる。その後、急激に減少し1992年には1.1元で貸本雑誌費(317.5元)の0.3パーセントと最低になり、再び増加して2000年には7.4元で書籍雑誌費(364.3元)の2パーセントになっている。まさにV字復活である。屈折点である1984年、1992年前後に何があったのか、そして台湾の貸本の現状はどうであるのか、管見の及ぶ範囲で紹介する。
貸本ブームの到来
台湾では1970年代から1980年代にかけて最初の貸本ブームを迎える。主に貸し出されていたのは武侠小説に言情小説(ロマンス小説)そしてリライト版日本漫画であった。長く政治上の問題で発禁措置が取られていた香港武侠小説が解禁され、1979年に武侠小説界の第一人者である金庸の小説が台湾で正式に出版されたのを契機に、ブームは頂点に達する。これが1984年である。
ではなぜ1984年が屈折点となったのか。主な原因として次の3点が考えられる。
1、急激に生活が豊かになったこと
台湾は1970年代から80年代にかけて高度経済成長の軌道に乗る。韓国、香港、シンガポールと並んでアジアの四小龍と称されるのもこの頃である。家庭の中では、1976年には37.6パーセントだったカラーテレビの普及率は1982年に90パーセントを超える。人々の暮らしは着実に豊かになっていく。1978年の月平均の書籍雑誌費は22.0元だったが、1983年には111.2元と約5倍に増加する。それに対して1978年に一律50元の定価がついていた玄小佛(1970年代の流行貸本作家)の小説は1983年でも80元から90元、2倍にもなっていない。これまた単純に計算すれば、1983年に年間5、6冊の小説を買っていたのが1983年には15、6冊買えるようになったわけで、相対的な意味での書物の価格は大幅に下落したことになる。
2、武侠小説ブームの終焉
光復以降(戦後)、台湾の貸本の中心でありつづけたのは武侠小説である。1970年代から80年代の貸本ブームにおいてもその中心は武侠小説であった。しかし、金庸は1972年に『鹿鼎記』を書き終えた時点で創作活動を停止しており、1979年の台湾公式出版で一通り著作が出版されると新たな作品は出てこない。また、台湾武侠小説作家として絶大な人気を博していた古龍も闘病生活の末、1985年に死亡する。両巨頭をしのぐ人気作家が出て来ない以上、武侠小説ブームは終焉を迎えざるを得なかった。
3、1985年の著作権法改正
さらにもう一点、それは1985年になされた著作権法の改正である。新たな著作権法では、第4条で著作権者に出租権(レンタル権)が認められ、第28条では、著作人の同意や授権を経ずに他人の著作を出租することが著作権を侵害する行為であるとされ、第39条には罰則が記されている。これにより、著作権者から出租についての承諾を得ていない貸本業者は非合法な存在になったのである。ちなみに、1985年に遠流出版社から出版された袖珍版『金庸作品集』には「禁止出租」と明記され、著作権法の条文を引用した上で「当社は別に権利を認めた合法的賃貸用の版本を用意しているので、当社までご相談願いたい」と注意を促している。
経済的な背景、供給される作品、法的な規制の全てが貸本にとって逆風となったのである。こうして台湾の貸本はブームの頂点から一気に低迷期に入る。
第二次貸本ブーム
低迷期に陥った台湾の貸本は1992年を機に再び隆盛の道を歩み始め、その勢いは現在まで続いている。今や第二の貸本ブーム到来と言っても良いだろう。1992年前後に何があったのか、隆盛に転じた原因として以下の2点が考えられる。
1、1992年の著作権法改正
1992年の著作権法の改正では著作(録音やコンピュータプログラム等は除く)の複製物の合法的な所有者の出租権を認められた。実は1990年の小規模修正の際に既に合法的な所有者の出租権は認められていたのだが、92年の全面改正で広く知られる所となった。書物を合法的に入手すれば誰でも出租することができる。貸本屋はこの段階で合法的な存在となったのである。現行の著作権法でも同様である。
2、貸本管理コンピュータソフトの開発
1990年2月、台湾で初めての貸本管理ソフト「孟波系統」が誕生する。それまでの貸本屋は、貸し出すたびに、身分証明書や保証金を預かり、貸本の裏表紙と貸出帳簿に貸出日、姓名あるいは登録番号などを書き込むということを日々続けてきた。これらをコンピュータ上で処理できるようにしたものである。開発者は父親の経営する文具店兼営の貸本屋、十大文具小説店(後の十大書坊)を受け継いだ蔡東機であり、自らの必要性から出発した開発であった。さらに蔡はコンピュータ管理による貸本から貸本チェーン網の構築に乗り出していく。コンピュータで管理された貸本チェーン店には常に最新の小説や漫画、雑誌が並べられ、逆に古く借り手のいない書物は処分される。そこには垢まみれの本が山積みされている光景はない。また借りる時も、その度に身分証明書や保証金を出す必要はなく、プリペイド式のカードで簡単に借りられるようになった。かつての貸本屋の姿とは全く異なる新たな貸本屋である。
貸本屋は非合法で薄汚い空間から、合法で清潔な空間に変わった。1992年以降増え続けているのはこうした新しい貸本チェーン店である。
コンピュータ管理の新型貸本屋で主に扱っているのは、かつての貸本屋と同じように武侠小説、言情小説、漫画そして雑誌である。表2は2000年(1月から12月)に十大書坊の書架に並べられた言情小説、武侠小説、漫画の三種の新書点数を表にまとめたものである。
小説類 | 武侠類 | 漫画類 | 合計 | |
合計 | 3140 | 914 | 4290 | 8344 |
月平均 | 261.7 | 76.2 | 357.5 | 695.3 |
割合(%) | 37.6 | 11.0 | 51.4 | 100 |
毎月約700冊の新書が新たに書架に並んでいる。逆に同じ数だけの本が処分されていることになる。漫画が最も多く51.4パーセントを占める。次いで小説類(言情小説)が37.6パーセント。かつて貸本の中心であった武侠小説は11.0パーセントと見る影もない。貸本の中心は漫画と言情小説に移っている。
貸本チェーン店の台頭
十大書坊では毎週、漫画、言情小説、雑誌について貸出上位20作品をホームページ(http://www.star-bookstore.com.tw/)上で公開している。表3、表4は12月2日から9日までの漫画と言情小説の貸出上位20作品である。前週、前々週にも上位20位に入っていた場合には参考としてその順位も記した。
先々週 | 先週 | 今週 | 書名 | 出版社 | 作者 | 貸出回数 | 出書日 |
1 | 1 | HUNTER×HUNTER獵人 | 東立 | 富堅義博 | 955 | 11.19 | |
10 | 2 | 鬼眼狂刀KYO@17 | 東立 | 上條明峰 | 650 | 11.22 | |
3 | 内衣教父@58 | 大然 | 新田所二 | 598 | 11.22 | ||
5 | 4 | 魔偶馬戲團@25 | 大然 | 藤田和日 | 585 | 11.2 | |
2 | 5 | 通靈童子@21 | 東立 | 武井宏之 | 581 | 11.14 | |
4 | 6 | 名偵探柯南@37 | 青文 | 青山剛昌 | 576 | 11.19 | |
3 | 7 | 烈火之炎@33 | 青文 | 安西信行 | 527 | 11.15 | |
8 | 戀影天使@12 | 東立 | 賴安 | 515 | 11.25 | ||
9 | 哨聲響起@22 | 東立 | 桶口大輔 | 484 | 11.25 | ||
10 | 教頭當家@21 | 大然 | 森田真法 | 387 | 11.25 | ||
1 | 7 | 11 | 棋靈王@19 | 大然 | 小田 健 | 368 | 10.24 |
12 | 頂尖淑女@01 | 東立 | 齋藤千穗 | 366 | 11.27 | ||
12 | 13 | 曉!!男塾@02 | 東立 | 宮下亞喜 | 355 | 11.18 | |
14 | 愛似百匯@06 | 東立 | 七路 眺 | 352 | 11.21 | ||
15 | 裸身的戀人 | 東立 | 不二家奈 | 336 | 11.22 | ||
16 | 活力100%@06 | 東立 | 清野靜流 | 322 | 11.22 | ||
17 | F5偶像傳説@08 | 東立 | 西山優里 | 315 | 11.22 | ||
8 | 17 | 慾情之吻 | 大然 | 真木雛 | 315 | 11.16 | |
2 | 20 | 19 | 龍狼傳@26 | 東立 | 山原義人 | 314 | 10.22 |
19 | 20 | 史上最強弟子@05 | 東立 | 松江名俊 | 300 | 11.19 |
先々週 | 先週 | 今週 | 書名 | 出版社 | 作者 | 貸出回数 | 出書日 |
1 | 黑豹的小姐 | 花裙子78 | 鄭媛 | 429 | 11.26 | ||
2 | 奪情大亨 | 花蝶622 | 慕容雪 | 303 | 11.22 | ||
3 | 暴君的戀奴 | 花裙子79 | 安琪 | 302 | 11.26 | ||
4 | 4 | 解語茉莉 | 橘子説153 | 安琪 | 287 | 11.2 | |
4 | 舞霓裳 | 花蝶624 | 任易虹 | 287 | 11.22 | ||
1 | 6 | 調情鴛鴦鍋 | 采花187 | 子澄 | 265 | 11.15 | |
7 | 相思扣 | 花蝶625 | 沈韋 | 258 | 11.22 | ||
8 | 忘情狂愛 | 珍愛2340 | 沈韋 | 256 | 11.22 | ||
14 | 9 | 交換新娘 | 揚舞407 | 仙兒 | 255 | 11.2 | |
2 | 10 | 愛上你的癡 | 采花190 | 沈韋 | 254 | 11.15 | |
10 | 冥皇的獵物 | 花裙子80 | 辛卉 | 254 | 11.26 | ||
12 | 酸橘子之戀 | 花裙子77 | 孟薰 | 253 | 11.26 | ||
7 | 13 | 皮皮賴著妳 | 橘子説152 | 季葒 | 230 | 11.2 | |
6 | 14 | 長腿美眉 | 采花188 | 季葒 | 217 | 11.15 | |
15 | 魂縁二品官 | 動情60 | 季葒 | 216 | 11.22 | ||
16 | 竊愛豔姫 | 魔鏡64 | 泊妊 | 212 | 11.21 | ||
2 | 9 | 17 | 金玉滿堂@01 | 采花185 | 典心 | 207 | 10.31 |
3 | 18 | 穿梭的愛 | 花園180 | 寄秋 | 206 | 11.15 | |
8 | 19 | 金玉滿堂@02 | 采花186 | 典心 | 206 | 10.31 | |
18 | 20 | 史上最強弟子@05 | 橘子説155 | 千萩 | 205 | 11.2 |
貸出回数は漫画の方が圧倒的に多くなっている。また漫画はほぼ全てが日本漫画で占められている。これらは全て正規版で、文字が中国語(繁体字)になっている以外は表紙も含め日本語版と全く変わりがない。日本語版からあまり遅れることなく発行されている。言情小説の出版社の項に記されているのは出版社名ではなく、各出版社の系列(叢書)名とその番号である。言情小説は原則として系列(叢書)の中の一冊として発行される。漫画の中で二週連続で二十位に入ったのは十一作品、言情小説では十作品、どちらもほぼ半数が入れ替わっている。三週連続となるとそれぞれ2作品しか残っていない。貸本の寿命が非常に短いのが分かる。
読者は20歳前後の若者
貸本屋の客層は主に10代後半から20代にかけての若者である。かつては男性客の方が多かったが、徐々に女性客の比重が増してきている。十大書房では、これら若い女性層をターゲットにした新しいタイプの貸本屋のチェーン店化を始めた。十大花蝶店と呼ばれるテーマ型貸本屋である。今年からスタートしたにもかかわらず既に18軒のチェーン店が開店している。
十大書坊は2002年12月現在、台湾全土に700店を越す貸本チェーン店を有するに至っている。セブン・イレブンの2000店には及ばないが、一般書店で最大のチェーン店網を持つ金石堂の100店を大幅に超えており、文句なしに台湾最大の「書店」である。さらに2001年以降、マレーシア、シンガポールそして中国大陸など、海外への進出を始め、現在各地でチェーン店網が広がっている。
当然のことながら、台湾では十大書坊と同じような貸本チェーンが数多くを生まれ、十大書坊に近い規模のものも存在する。中国大陸などでも、十大書坊をモデルとした貸本チェーンが誕生している。例えば、北京に拠点を持つ全家人は北京市内に12店、広州、九江に各1店のチェーン網を持つ。また中国最大の書店グループである新華書店グループは誠成文化投資集団と合同で新華音像租賃発行有限公司を作り、新華駅站という店名の書物、音楽CD、映像VCD・DVD等のレンタル及び販売チェーン店網作りに乗り出した。
中国の経済新聞『市場消息報』2002年5月17日付けの紙面に「やってみよう-貸本屋経営-」と題するコラムがある。「今、本の値段はどんどん高くなり、多くの読者にとって、買いたくても買えない状態である。だから本を借りる方が買うよりもまさっていることは誰もが知っているのだ。貸本屋を開きしかるべき方法で経営をすれば間違いなく利益があげられる」とし、具体的な貸本屋経営のノウハウが書かれている。とにかく儲かるから貸本屋をやってみようというのである。
台湾発21世紀貸本ブームはマレーシア、シンガポールそして中国大陸など周辺地域を巻き込んで、これからが本番となりそうである。
原載:『出版ニュース』 2003年1月上・中旬合併号