中国の湖北省武漢市から始まった新型コロナウイルス感染症が日本でも流行しています。この原稿を書いているのは2月ですので、早実通信が皆さんの手元に届く時に状況がどのようになっているのかは分かりませんが、現在よりも深刻になっているだろうということは容易に想像がつきます。感染拡大への対応のため、たぶん卒業式はこれまでとは違う形で挙行されることになっているでしょう。ひょっとしたら中止になっているかも知れません。

今回の事態は多くの人にとって想定していなかったことです。今から9年前の2011年3月11日に発生した東日本大震災とその後の日々も私たちにとって想定外のものでした。想定しなかった事と向き合い、その中で自ら判断し、行動していかなければならない。今はそのような時代なのだとあらためて感じます。

まずは自分自身が感染しないようにする。もし感染してしまったら、あるいは感染した可能性がある場合は、他人に移さないようにする。そのためにどうすべきかが、個人レベルで判断し行動していく際の基本になるのだと思います。よく食べてよく眠る。手洗いをしっかりする。人と接する時はマスクをする。体調が悪い時や感染した可能性がある時は外出を控えて人と会わない。まずはこういったことでしょうか。一人一人が自分の置かれた環境の中で、自分自身が感染しないように、また他人に移さないようにするのは、個人で考えて行動すれば良いことなので実はそれほど難しいことではありません。もちろん色々と我慢しなければならないこともありますが。

集団として判断し行動することになるとそう簡単ではなくなります。本校でも今日までにいくつもの行事が中止になったはずです。個人レベルで行動するのであれば、自分自身が感染しないようにすること、他人に移さないようにすることを前提に、その行事に参加するかしないかを自分で決断すれば良いことになります。しかし、行事やイベントはそもそも集団で行うものですので、感染する可能性が一定のレベルに達した場合は、集団として実施すべきかどうかを決めなければなりません。この判断は非常に難しいものがあります。

中国の武漢市やダイヤモンド・プリンセス号での隔離はその重大で深刻な例と言えるでしょう。ダイヤモンド・プリンセス号の乗員・乗客はコロナウイルスに感染していると確認された人は病院に搬送されましたが、それ以外の人は2週間、船上に隔離されました。その後、感染していないと確認された人は順次下船を許され、日本人については自宅に戻り、一人一人が先に記した個人レベルでの感染防止(他人に移すことの防止も含め)を行うことになりました。外国の方は、チャーター機で集団として帰国し、帰国後も集団としての隔離がさらに2週間継続されることになりました。

武漢市を含む湖北省のいくつかの都市では、1月下旬から都市全体の封鎖・隔離が続いています。一か月以上にわたり市外に出ることができません。武漢市にいた日本人はチャーター機で帰国し、帰国後2週間は隔離状態におかれました。武漢市の人口は一千万人を超えています。1月末の段階で感染が確認されていたのは数千人でした。その段階で感染していない一千万人以上の武漢市の人々が封鎖・隔離の対象になったわけです。

感染したため隔離される人、感染の可能性があるために隔離される人。これら隔離される人々の反対側には、特定の人々を隔離することによって自分たちが感染するリスクを下げさせてもらっている多くの人がいます。隔離される側から見える景色と隔離する側から見える景色は全く異なっているでしょう。感染防止のため特定の国の人の入国が禁止・制限される/特定の国の人の入国を禁止・制限するというのも全く同じ構図です。私たちは隔離される側に立つ場合も隔離する側に立つ場合もあることを今回のことで図らずも学ぶことができました。

集団としての判断は、そういった見える景色が違う人たちが存在するということを前提とした上で、置かれた環境の中で何が最も適切なのかを考えていくことなのだと思います。

卒業する皆さんは様々な思いで本日を迎えていることと思います。今年度の卒業式は早稲田実業学校という集団としての判断として適切であったかどうか。このことに関する考察を卒業する皆さんへの最後の課題とします。

原載:『早実通信』201号(2020年3月)