今年も卒業の季節を迎えました。初等部を卒業する皆さん、中等部を卒業する皆さん、高等部を卒業する皆さん、卒業おめでとうございます。皆さんにとっての3年間、6年間、あるいは12年間はどのような時間でしたか?在校生の皆さんにとっても1年が終わり、新たな年度を迎える節目になります。この1年はどのような時間でしたか?

この1年間はコロナ禍の中での学校生活でしたので本当に大変だったと思います。学校行事は多くが中止となり、また実施できたとしてもこれまでのものとは違った形になりました。日々の授業も様々な制限の中で行われました。1年間を振り返って、今どのように感じていますか?もちろん不満や不平はいっぱいあると思います。でもその都度その都度ワクワクして行事に臨んだり、授業を受けることができましたか?

私たちを取り巻く環境は常に変化しています。徐々に変わることもあれば、急激に変わることもあります。プラスの方向に変わることもあれば、マイナスの方向に変わることもあります。いずれにせよ、ずっと環境が変わらないことの方が珍しいことだと考えて良いでしょう。  

皆さんはいま日常的にインターネットを利用していると思います。本校でも6月から始めたオンライン授業ではGoogle Classroomやzoomを使いました。今では誰もが日常的に使っているインターネットという環境が登場したのはほんの30年前のことです。インターネットが日常生活の基盤的な環境になって世の中は大きく変わりました。瞬時に世界中のほとんどの人とコミュニケーションをとることができるようになりました。私のつぶやきも一度ネット上に載ってしまうと、瞬く間に拡がり取り消すことができなくなってしまいます。こんなことはかつてはあり得なかったことです。とてつもなく便利だけれど、とてつもなく恐ろしい。新しい環境には全て正負の両面があります。  

私はインターネットの時代が始まった1990年代から20年間ほど、新しい時代の外国語教育のあり方について様々な模索をしました。私の研究対象は中国語ですので、中国や台湾でもインターネットが使われるようになると、早速チャットや掲示板やテレビ会議システムなどを使って日本の学生と現地の学生が直接コミュニケーションをとる機会を授業に取り入れてみました。コンピュータゲームやオンラインゲームが楽しまれるようになると、そういったものを作るためのソフトウエアを使って教材を作り、授業や予復習に使ってもらいました。  

最近ではGoogle翻訳やDeepL翻訳など実用に耐えうるレベルの自動翻訳システムも少なくありません。自動翻訳が新しい環境になった時、外国語教育のあり方も変わるはずです。そのことを考えるための前提として、もう15年ほど前のことになりますが、当時はまだ問題の多かった自動翻訳を使い、自動翻訳で補った外国語コミュニケーション能力を測定する実験を行ったことがあります。  

中国語の検定試験の問題を、中国語原文と自動翻訳による日本語翻訳文の両方を提示して答えてもらうというこの実験では面白い結果が出ました。中国語の既修者と未修者で平均点はほとんど同じだったのです。得点にはばらつきがあり、高得点をとる未修者がいる一方で低得点の既修者もいました。高得点の人と低得点の人の違いはどこにあったのか?アンケートから分析すると、得点の高かった人は想像力を駆使して楽しんで問題を解いていたのに対し、得点の低かった人は意味が通じない自動翻訳を楽しめずにイライラしていたことが分かりました。実は中国語の能力そのものではなく、自動翻訳という新しい環境を楽しみ、ワクワクしながら積極的に対象とかかわろうとする姿勢こそが重要だったのです。同じような結果は、上に記した新しい試みの学習成果を分析した際や、短期留学に行った学生の学習成果を分析した際にも確認することができました。  

これから出会う新しい環境に皆さんがワクワクしているのであれば、おのずと良い成果が生まれるでしょう。仮にそれが皆さんにとって否定的に感じられる環境だったとしても、イライラすることなく、新しい環境を楽しみ、ワクワクしながら積極的に対象とかかわろうとする姿勢さえ持ち続ければ、きっと良い成果が得られるはずです。

卒業する皆さんの未来が、皆さんにとってワクワクするものであることを祈っています。

原載:『早実通信』205号(2021年3月)